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表現のかたち

平成27年2月14日 Fine-cell BLOG

自由で縛りのない表現の形、価値観の多様性を楽しめる人々。

今日は世間で言うところのバレンタインデーだ。

年とともにチョコレートの数は減少してゆく。これが現実だと思う部分もあり、

チョコレートケーキをいただき、またわずかのGIRIチョコでも、世間とのズレを

意識しなくても良いことに安堵する。みんなありがとう。

むっちりビターな大人?のチョコケーキ
むっちりビッターな大人?味のチョコレートミルフィーユケーキ


しかし、さまざまな催事(イベント)がその元々の意味や形を変えてどんどんと

新しい意味づけや習慣をあたかも数百年の伝統のごとく正当を主張しているが、

起源と言われているキリスト教でもこのような習慣はないという。

このような催事の発生の基となったヨーロッパでも諸説はあるが本家のイタリアや

フランス、イギリスなどでもまたアメリカでも聖バレンタインデイとして、恋人や家族、

親しい友人に日頃の感謝のメッセージ付きカードやプレゼントを贈る事もあるようだが、

日本のように女性から告白のチョコレートを贈るなどの表現習慣はもともと無い。

最近増えている南アジアからの旅行者にマイクをむけるとはずかしそうに、

「女性から男性に愛を告白するものではない。」と日本のバレンタインデイの習慣に驚いていた。

日本でも海外からこのような文化がもたらされたころ、最初は知らしめる目的で

1930年代、神戸のモロゾフがどうやらチョコ販売の宣伝文句に

「親しい人にチョコをおくりませう。」と使ったらしいが、そのころはあまり普及しなかった。

それが1970年代の大阪万博以降、経済発展に伴って状況は変わったようです。

メリーチョコ、森永などチョコレートメーカーや百貨店など商業主義の販促の一環として

1970年頃から一般に流行が広まったらしい。


何にでも楽しい事を見つけ、ルールを加えて本気になれることが「文化」だ!


2月3日の節分の恵方巻きにしても同様に関西の海苔メーカーの販売促進の一環で

習慣にまでなってしまったようだ。そのせいか関西以西のローカルルールとも言われている。

ちなみに無病息災を願う豆まき、「鬼は外、福は内」は神事の際の祭り事として全国で

伝統的に数百年受け継がれている。

話を元に戻すと、聖バレンタインの祭りなのにキリスト教徒の多い國でもそれほど盛り

上がっている訳でもなく、祝ったとしてもひっそりと、日頃の感謝を伝えたりする日であり

前述の旅行者の言葉のように女性から愛の告白をするような事はないようだ。

日本人は催事、お祭りが好きなのか、世界のさまざまな国の祭りをも取り入れ消化して

自分たちのオリジナルに作り替える能力を持っているのではないだろうか。

年末のクリスマスやその前のハロウインなど世界中のその催事の本場の人たちから

うらやましがられる程ファンタスティックな表現に形づくられているのです。

どんな小さな事にも喜びを見つけてしまう日本人のセンス、それは世界の感嘆でもあり、

「ぽかーん」とあっけにとられるような価値観を生み出せる資質を持っている。

平和人の素質を持つ民族の誇れるDNAではないかと思う。以下は私の身近で

発見の偶然アートを紹介します。

あなたならどう評価してくれますか?100点満点で何点?


食事の跡アート2

1,愛猫ミュー太くんの食事跡偶然アート 上 [LOVEハート] 2. 下[わたしの笑顔]

食事の跡アート1


ミュー太くん
食事の跡の偶然アート作者  モンプチ大好き ミュー太くん(15才)




テーブル上の偶然
3. 緑のテーブルの横に赤いテーブルをくっつけた時乗っていた黒いペーパーの皿達の競演



人と自然のコラボな形 自然度80%
4. 農的暮らしをしながら、都会農園を借り、日常野菜を自家農園にて有機栽培している知人の畑で
   採れた一つ一つがあまり奇麗ではない個性ある形の野菜の味こそ最高だ。。


「どんな物にも良さを見いだせれば、全ては受け入れられる?」


花園大学の学長であり、また高名な禅の師であった 故 山田無文老師にいただいた

一幅の掛け軸にようやくその深い言葉の意味と自然で迷いの無い運びに気づかされました。

禅のことばにもある「無嫌底法」という漢文の意味。とてもすばらしい言葉

ですが、なかなかこの心境になるには私には、俗が過ぎていて難しい。

我が身に降り掛かってくるさまざまな事象にいちいち対処していたら

たまったもんじゃない。全部受け入れてしまえば何も悩む必要は

ありませんよ。受け入れてしまえば、そこから良い事、良い部分が

見えてきます。と言う事なのですが、修行が必要なようです。 kirifuji


出会った全てに良い点を見いだせる力
「無嫌底法」、禅の教えにも、その時代時代の新しい解釈があって良いのだろうか。
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Author:kirifuji
Fine-cellのKiriです。
日々健康日和を願いつつ
あれやこれやの社会問題も
混ぜながら独自のソフト思考
で展開してまいります。

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